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東京高等裁判所 平成8年(ネ)2870号 判決 1998年7月16日

控訴人

有限会社藤田車輌整備工場

右代表者代表取締役

藤田將也

右訴訟代理人弁護士

横堀晃夫

福田哲夫

控訴人

株式会社足利銀行

右代表者代表取締役

常見英夫

右訴訟代理人弁護士

澤田利夫

被控訴人

大山道淵こと

孫道渕

右訴訟代理人弁護士

泉進

主文

一  原判決中控訴人有限会社藤田車輌整備工場に関する部分を取り消す。

二  被控訴人の控訴人有限会社藤田車輌整備工場に対する主位的請求を棄却する。

三  控訴人有限会社藤田車輌整備工場は、被控訴人に対し、原判決書添付別紙物件目録記載の土地につき、宇都宮地方法務局大田原支局平成二年二月九日受付第一七五三号により抹消された同支局平成元年九月二九日受付第一二六五二号抵当権設定登記の回復登記手続を承諾せよ。

四  控訴人株式会社足利銀行の控訴を棄却する。

五  被控訴人と控訴人有限会社藤田車輌整備工場との間の訴訟費用は、第一、第二審を通じてこれを二分し、その一を被控訴人の、その余を同控訴人の各負担とし、被控訴人と控訴人株式会社足利銀行との間の控訴費用は、同控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人有限会社藤田車輌整備工場(以下「控訴人藤田車輌」という。)

1  原判決中控訴人藤田車輌関係部分を取り消す。

2  被控訴人の控訴人藤田車輌に対する主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴人株式会社足利銀行(以下「控訴人足利銀行」という。)

1  原判決中控訴人足利銀行関係部分を取り消す。

2  被控訴人の控訴人足利銀行に対する請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

三  被控訴人

1  控訴棄却

2  控訴人藤田車輌に対する予備的請求(訴えの追加的変更)

控訴人藤田車輌は、被控訴人に対し、原判決書添付別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)につき、宇都宮地方法務局大田原支局平成二年二月九日受付第一七五三号により抹消された同支局平成元年九月二九日受付第一二六五二号抵当権設定登記の回復登記手続を承諾せよ。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被控訴人は、平成元年九月二八日、N(以下「N」という。)に対し、三〇〇〇万円を貸し付け、同日、Nとの間で、同人が当時所有していた本件土地について、右貸付金債権を被担保債権とする抵当権(以下「本件抵当権」という。)の設定契約を締結し、宇都宮地方法務局大田原支局平成元年九月二九日受付第一二六五二号抵当権設定登記(以下「本件抵当権設定登記」という。)を経由した。

2  本件抵当権設定登記について、宇都宮地方法務局大田原支局平成二年二月九日受付第一七五三号の抹消登記がされている。

3  控訴人藤田車輌は、平成二年三月一七日売買を原因とする宇都宮地方法務局大田原支局同日受付第三七九九号の所有権移転登記を経由した。

4  控訴人足利銀行は、宇都宮地方法務局大田原支局平成二年三月二〇日受付第三九〇一号の根抵当権設定登記を経由した。

5  よって、被控訴人は、本件抵当権に基づき、控訴人藤田車輌に対し、主位的に、抹消された本件抵当権設定登記の回復登記手続を求め、予備的に、右抹消された本件抵当権設定登記の回復登記手続を承諾することを求め、控訴人足利銀行に対し、右抹消された本件抵当権設定登記の回復登記手続を承諾することを求める。

二  請求原因に対する控訴人らの認否

1  請求原因1のうち、被控訴人が本件土地について本件抵当権設定登記を経由したことは認め、その余の事実は否認。

2  同2ないし4の事実は認める。

三  抗弁

1  控訴人藤田車輌

(一) 被担保債権の消滅

(1) 被控訴人主張のNに対する貸付金額は三〇〇〇万円ではなく、五〇〇万円であったから、本件抵当権の被担保債権は五〇〇万円であったところ、株式会社クロスカルチャー事業団(現在更生会社、以下「事業団」という。)がNに代わって、被控訴人に対し右五〇〇万円を弁済したので、右被担保債権は消滅した。

(2) そうでないとしても、Nは、平成四年五月一二日、被控訴人に対し、右借入金五〇〇万円の弁済に代えて、事業団に対する株式会社塩那商事の二四三五万円の、株式会社春海丸の二〇五〇万円の各更生債権を譲渡することを合意し、事業団に対し、右債権譲渡につき通知をした。

(3) 被控訴人は、右更生債権の譲渡を受けた際、その余の本件抵当権の被担保債権を放棄した。

(二) 適法な抹消登記手続

被控訴人は、平成二年二月にNの使者である川崎きみ子に本件抵当権設定登記の登記済証(以下「本件登記済証」という。)を交付して、そのころ被控訴人はNが本件抵当権設定登記を抹消することを承諾しており、Nは被控訴人の承諾を得て、本件抵当権設定登記の抹消登記手続を行ったものである。

(三) 民法九四条二項の類推適用

被控訴人は、本件登記済証を自らの意思でNに交付しており、本件抵当権設定登記の抹消という外形を作出したものであり、控訴人藤田車輌は、本件抵当権設定登記の抹消登記後に、その登記簿上の記載の外形から本件抵当権が存在しないものと信じて、平成二年三月二七日Nから本件土地を買い受けた善意無過失の第三者である。

したがって、民法九四条二項の類推適用により、被控訴人は控訴人藤田車輌に対し、本抵当権をもって対抗することができず、控訴人藤田車輌は抹消された本件抵当権設定登記の回復登記手続をすべき義務あるいは右回復登記手続について承諾すべき義務はない。

2  控訴人足利銀行

(一) 1(一)、(二)と同旨。

(二) 民法九四条二項の類推適用

被控訴人は、本件登記済証を自らの意思でNに交付しており、本件抵当権設定登記の抹消という外形を作出したものであり、控訴人足利銀行は、本件抵当権設定登記の抹消後に、その登記簿上の記載から本件抵当権が存在しないものと信じて、平成二年三月一九日控訴人藤田車輌に対して本件土地の購入代金を融資し、極度額七〇〇〇万円(平成三年七月五日に極度額を九〇〇〇万円に変更)、債務者控訴人藤田車輌とする根抵当権設定契約を締結し、その旨の前記登記を経由した善意無過失の第三者である。

したがって、民法九四条二項の類推適用により、被控訴人は控訴人に対し、本件抵当権をもって対抗することができず、控訴人足利銀行は抹消された本件抵当権設定登記の回復登記手続について承諾すべき義務はない。

(三) 民法九六条三項

Nは、平成二年二月ころ、被控訴人に対し、本件土地を担保に借金したいが、銀行の信頼を得るために本件登記済証を見せるためだけに使用し、本件抵当権設定登記を抹消するために本件登記済証を使用する際には、改めて被控訴人の承諾を得るので、本件登記済証を貸してほしい旨申し向け、被控訴人にそれが真実であると誤信させ、本件登記済証を交付させ、これを用いて本件抵当権設定登記の抹消登記を経由したものである。そして、控訴人足利銀行は、本件抵当権設定登記の抹消後、その登記簿の記載から本件抵当権は存在しないものと信じて、平成二年三月一九日、控訴人藤田車輌との間で、本件土地について前記根抵当権設定契約を締結し、その旨の前記登記を経由した善意無過失の第三者である。

Nの右行為は詐欺に該当するところ、控訴人足利銀行は、民法九六条三項にいう善意の第三者に該当するから、本件抵当権設定登記の回復登記手続について承諾義務がない。

四  抗弁に対する認否

1  控訴人藤田車輌の抗弁について

(一) 抗弁1(一)のうち、(1)は否認。同(2)のうち、Nが、平成四年五月一二日、被控訴人に対し、事業団に対する株式会社塩那商事の二四三五万円の、株式会社春海丸の二〇五〇万円の各更生債権を譲渡し、事業団に対し債権譲渡の通知をしたことは認め、その余の事実は否認。同(3)は否認。

(二) 抗弁1(二)は否認。

Nは、平成二年二月ころ、被控訴人に対し、本件土地を担保に金を借りたいが、銀行の信頼を得るために本件登記済証を見せるためだけに使用し、本件抵当権設定登記を抹消するために本件登記済証を使用する際には、改めて被控訴人の承諾を得るので、本件登記済証を貸してほしい旨申し向け、その言葉を信じた被控訴人は、Nに本件登記済証を交付した。Nはこれを奇貨として、被控訴人名義の委任状を偽造し、本件登記済証とともに、本件抵当権設定登記の抹消登記申請書に添付して、宇都宮地方法務局大田原支局に提出し、本件抵当権設定登記の抹消登記を経由したもので、被控訴人はNに対し本件抵当権設定登記を抹消することを承諾したことはない。

(三) 抗弁1(三)のうち、控訴人藤田車輌が平成二年三月二七日Nから本件土地を買い受けたことは認めるが、その余は否認ないし争う。

2  控訴人足利銀行の抗弁について

(一) 抗弁2(一)については、1(一)、(二)と同じ。

(二) 抗弁2(二)のうち、控訴人足利銀行が、本件抵当権設定登記の抹消後、控訴人藤田車輌に対して、本件土地の購入代金を融資し、平成二年三月一九日、控訴人藤田車輌との間で、極度額七〇〇〇万円(平成三年七月五日に極度額を九〇〇〇万円に変更)、債務者控訴人藤田車輌とする根抵当権設定契約を締結し、その旨の前記登記を経由したことは認めるが、その余は否認ないし争う。

(三) 抗弁2(三)のうち、Nは、平成二年二月ころ、被控訴人に対し、本件土地を担保に金を借りたいが、銀行の信頼を得るために本件登記済証を見せるためだけに使用し、本件抵当権設定登記を抹消するために本件登記済証を使用する際には改めて被控訴人の承諾を得るので、本件登記済証を貸してほしい旨申し向け、被控訴人にそれが真実であると誤信させ、本件登記済証を交付させ、これを用いて本件抵当権設定登記の抹消登記を経由したことは認めるが、その余は否認ないし争う。

第三  証拠関係

原審並びに当審訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因について

1  請求原因1のうち、被控訴人が本件土地について本件抵当権設定登記を経由したことは当事者間に争いがない。

右の事実と証拠(甲第三ないし第五号証の各一ないし三、乙第一一号証の一ないし三、丁第一ないし第四号証、証人光原英三郎(原審)、同川崎きみ子(原審)、被控訴人(原審))及び弁論の全趣旨によれば、Nは、不動産の売買、仲介、土木建築等を業とする株式会社春海丸(旧商号国際通商株式会社)及び不動産取引等を業とする株式会社塩那商事の代表取締役として、事業団の仕事を請け負うとともに、事業団に多額の融資をしていたものであるが、平成元年九月ころ、株式会社興和に対し、Nが所有する本件土地を担保として、事業団に三〇〇〇万円を融資してくれるよう依頼し、本件土地の登記済権利証、委任状、印鑑登録証明書を交付したこと、しかし、株式会社興和は、資金を工面することができなかったので、同社の従業員である光原英三郎は、同社の代表取締役の命を受けて、被控訴人に対しNへの融資を依頼したこと、被控訴人は、右依頼を承諾し、同月二八日、Nから事業団が振り出し株式会社塩那商事が裏書した約束手形二通と、事業団が振り出し国際通商株式会社が裏書した約束手形一通の交付を受けた上、Nに対し三〇〇〇万円を貸し付けることとし、月三分の割合による利息の二箇月分として一八〇万円を天引した二八二〇万円を渡して、Nとの間で、右貸付金債権を担保するため、本件抵当権の設定契約を締結したこと、Nは、右のとおり被控訴人に交付した事業団振出の約束手形三通について支払期日に決済ができなかったので、被控訴人に支払期日の猶予を求め、別の約束手形(各手形金額一〇〇〇万円、支払期日平成二年一月二〇日、同年二月二〇日、同月一六日)に書き換えたものの、支払期日平成二年一月二〇日の一〇〇〇万円の約束手形(甲第三号証の一)を決済できなかったので、被控訴人は、当時病気であったNに代わって行動していた川崎きみ子に対し、厳しく返済を迫り、本件抵当権の実行を示唆したのに応じて、上野の喫茶店で、被控訴人、光原英三郎、N、川崎きみ子の四者が話し合い、Nは被控訴人に対し、Nを債務者とする債務の存在を確認した上、本件土地を担保にして銀行から金員を借り入れ、これをもって被控訴人に対する右債務の支払に充てるので、本件登記済証を銀行に見せるため貸してくれるように頼んだこと、被控訴人は、Nから右申し出を受けて、Nが本件土地を担保として融資を受け、被控訴人に対する債務を弁済することに協力することとし、翌日、光原英三郎とともに被控訴人方を訪れたNの内妻である川崎きみ子との間で、Nが銀行から融資を受けて被控訴人に対する債務を弁済する必要があることを確認したことが認められる。

以上の事実によれば、被控訴人は、平成元年九月二八日、Nに対し三〇〇〇万円を貸し付けることとし、二箇月分の利息として一八〇万円を天引して二八二〇万円を交付し、かつ、Nとの間で、本件土地について本件抵当権の設定契約を締結したものと認めることができる。

これに対して、原審証人川崎きみ子は、Nが被控訴人から三〇〇〇万円を借り入れたことはなく、本件抵当権設定登記は実体を伴わない無効な登記である旨を証言する。しかし、前示のとおり、Nは、同人の印鑑登録証明書、委任状(乙第一一号証の二、三)、Nが代表取締役をしている会社が裏書きしている約束手形を被控訴人に交付している上、その後、Nが被控訴人に交付した前記支払期日平成二年一月二〇日の一〇〇〇万円の約束手形(甲第三号証の一)を決済できなかったので、被控訴人が、Nに代わって行動していた川崎きみ子に対し、厳しく返済を迫ったことから、上野の喫茶店で、被控訴人、光原英三郎、N、川崎きみ子の四者が話し合った席上、Nは被控訴人に対し、Nを債務者とする債務の存在を確認し、右返済の方法について話し合っているのである。その際Nは、本件抵当権設定登記がされていることを熟知していたものというべきであるが、被控訴人に対し、その効力について問題にしたことを窺わせる証拠は全くない。また、被控訴人は、その翌日、Nの内妻である川崎きみ子との間で、Nが銀行から融資を受けて被控訴人に対する債務を弁済する必要があることを確認していることも前示のとおりであるが、その際にも、川崎きみ子が被控訴人に対し、本件抵当権設定登記が無効である旨を主張したことを窺わせる証拠は全くないのである。さらに、Nは、平成四年五月一二日、被控訴人に対し、右債務の弁済を目的として、事業団に対する株式会社塩那商事の二四三五万円の、株式会社春海丸の二〇五〇万円の各更生債権を譲渡しているのである(当事者間に争いがない。)。これらの事実に照らせば、Nは平成元年九月二八日ころ被控訴人から前記のとおり三〇〇〇万円を借り受けることとして債務を負ったものとみるのが合理的であって、N個人が債務を負っていないのに単に督促が厳しいからというだけで右更生債権を譲渡したとか、本件抵当権設定契約は締結していないのにその登記をした旨をいう証人川崎きみ子の右証言は採用することができない。また、Nが被控訴人に交付した約束手形にはいずれもN個人の裏書がなく、右約束手形の振出人は事業団であり、裏書をしているのはNが代表者となっている株式会社塩那商事及び株式会社春海丸であって、Nは右約束手形面上の債務は負っていないのであるが、前示のとおり、N及び川崎きみ子は被控訴人に対しN個人の債務があることを確認していることに照らせば、右の事実をもって前記の認定を動かすには足りないといわなければならない。

控訴人らは、Nが被控訴人から借り入れたのは三〇〇〇万円ではなく、五〇〇万円であるとも主張するが、これを裏付けるべき的確な証拠はなく、右主張を採用することはできない。

他に本件抵当権設定契約締結に関する前記認定を覆すに足りる証拠はない。そうすると、平成元年九月二八日被控訴人とNとの間には三〇〇〇万円の消費貸借契約が成立したことになるが、同日被控訴人は前記のとおり月三分の割合による二箇分の利息として一八〇万円を天引きしており、これは利息制限法の定める制限を超えていることが明かであるので、その部分を元本の支払に充てたものとみなすと、同年一一月二八日現在における被控訴人の貸付残元本は二八九〇万六九三一円ということになる。

2  請求原因2ないし4(登記関係の事実)は、当事者間に争いがない。

二  抗弁について

1  被担保債権の消滅(控訴人ら)

控訴人らは、本件抵当権の被担保債権が五〇〇万円であることを前提として、事業団がNに代わって弁済したとか、被控訴人が、株式会社塩那商事及び株式会社春海丸の各更生債権を譲り受けたことにより本件抵当権の被担保債権について代物弁済が成立したとか、被控訴人がNから前記債権譲渡を受けた際、本件抵当権の被担保債権を放棄して、被担保債権が消滅した旨主張する(抗弁1(一)、同2(一))。

しかし、前示のとおり本件抵当権の被担保債権が五〇〇万円であるとの前提は採用することができないし、また、事業団がNに代わって弁済したことを認めるに足りる証拠はない。

代物弁済の主張の点については、なるほど、Nが、平成四年五月一二日、被控訴人に対し、事業団に対する株式会社塩那商事の二四三五万円の、株式会社春海丸の二〇五〇万円の各更生債権を債権譲渡し、事業団に対しその通知をしたことは、控訴人らと被控訴人との間に争いがなく、証拠(甲第七号証)及び弁論の全趣旨によれば、事業団については、現在会社更生手続が進行中であり、平成七年九月二二日に認可された更生計画案においては、一般更生債権の弁済額は、確定債権のうち一〇万円以下の部分につき一〇〇パーセント、一〇万円を超え一〇〇万円以下の部分につき三〇パーセント、一〇〇万円を超え一〇〇〇万円以下の部分につき一二パーセント、一〇〇〇万円を超え一億円以下の部分につき三パーセントとされていることが認められる。

しかし、本件においては、抵当権が付されている債務の弁済を目的とする債権譲渡であるから、右債権譲渡の時点において、右更生債権の弁済率が確定しているか相当程度の見通しがついているなど、右債権譲渡があえて債務の弁済に代えて行われたのももっともと認められるような特別の事情がない限り、右債権譲渡は弁済に代えてされたものではなく、弁済のためにされたものと認めるのが相当であるところ、右債権譲渡の時点では会社更生手続による弁済率は未だ全く不明であり、被控訴人のNに対する債権のうち弁済を受けることができる金額がいくらくらい見込まれるかさえ全く不明の状態であって、右のような特別の事情があったとは認められないのであるから、右更生債権の譲渡は、弁済のためにされたものと認めるのが相当であって、弁済に代えてされたものとは認めることができない。また、被控訴人がNから右更生債権の譲渡を受けた際、その余の本件抵当権の被担保債権を放棄したものと認めることもできないといわなければならない。他にこれらの事実を認めるに足りる証拠はない。

控訴人らの右主張はいずれも採用することができない。

2  適法な抹消登記手続(控訴人ら)

控訴人らは、Nは本件抵当権設定登記の抹消登記手続をするについて被控訴人の承諾を得ていた旨主張するところ(抗弁1(二)、同2(一))、控訴人藤田車輌は、証拠として乙第一二号証の三(被控訴人作成名義の委任状)を提出し、原審証人川崎きみ子は、被控訴人に対し、本件土地を利用して他から融資を得たいので本件登記済証を返してほしいと頼んだ結果、被控訴人の印鑑登録証明書は後に光原英三郎が届けてくれるということになって、被控訴人から本件登記済証と被控訴人作成名義の委任状の交付を受けた旨証言している。

しかし、本件抵当権設定登記の抹消登記手続に使用された委任状(乙第一二号証の三)の被控訴人の署名部分は、原審における被控訴人が自署した宣誓書の署名と対照すると、同一人の筆跡でないことが明かであり、また、右委任状の被控訴人名下の印影は、極めて不鮮明であって、被控訴人の印章によるものであるとは認識し難く、直ちに右印影が被控訴人の印章によるものであると認めることはできない。また、原審証人川崎きみ子の証言中には、本件抵当権設定登記の抹消登記手続に使われた被控訴人の委任状を被控訴人から受け取った気がするという部分もあるが、同証人は、他方において、本件抵当権設定登記の抹消登記手続に使われた被控訴人名義の委任状(乙第一二号証の三)については、原審において尋問を受けた際初めて見たとも証言しているのであって、その証言内容には不自然なところが窺われ、右証言は採用することができない。そして、本件抵当権設定契約締結に関する前記認定の事実及び証拠(乙第一二号証の三の存在、証人光原英三郎(原審)、被控訴人(原審))及び弁論の全趣旨によれば、Nは、被控訴人から前記三〇〇〇万円を借り受けた際、事業団が振り出した約束手形三通を被控訴人に交付したところ、支払期日に決済ができなかったので、支払期日の猶予を求め、別の約束手形に書き換えたが、支払期日平成二年一月二〇日の一〇〇〇万円の約束手形(甲第三号証の一)の決済ができなかったので、被控訴人は、当時病気であったNに代わって行動していた川崎きみ子に対し、厳しく返済を迫り、本件抵当権の実行を示唆したのに応じて、上野の喫茶店で、被控訴人、光原英三郎、N、川崎きみ子の四者が話し合い、Nは、被控訴人に対し、Nを債務者とする債務の存在を確認し、本件土地を担保にして銀行から金員を借り入れ、これをもって被控訴人に対する右債務の支払に充てるので、その交渉をするために、本件登記済証を貸してくれるように頼んだこと、これに応じて被控訴人は、Nが、被控訴人に対する債務を弁済するため、本件土地を担保として融資を受けることに協力することとし、翌日、被控訴人は、光原英三郎に対し、本件登記済証、委任状、印鑑登録証明書を交付し、銀行がNに融資をすることを確認した上で委任状と印鑑登録証明書を渡すように指示したこと、光原英三郎は、川崎きみ子に対し、銀行から融資を受ける交渉をする際に見せるだけのために本件登記済証を使い、実際にNが銀行から金員を借り入れる時には、光原英三郎が被控訴人の委任状及び印鑑登録証明書を持って立ち会い、右借入金によって被控訴人に対する債務の弁済を受けて本件抵当権を消滅させ、本件抵当権設定登記を抹消するという約束で、本件登記済証を渡し、被控訴人の委任状及び印鑑登録証明書は光原英三郎の手元に置いておいたこと、ところが、被控訴人も光原英三郎も知らないうちに、本件登記済証や被控訴人名義の委任状(前掲乙第一二号証の三)を使用して本件抵当権設定登記の抹消登記手続が行われたこと、被控訴人は、後日この事実を知り、平成三年にNを詐欺罪で告訴したことが認められる。

右の事情によれば、被控訴人名義の右委任状(乙第一二号証の三)は、真正に成立したものと認めることはできないし、本件抵当権設定登記の抹消登記手続が被控訴人の承諾を得て適法に行われたものとは認めることができないといわなければならず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。控訴人らの右主張は採用することができない。

3 以上の次第で、被控訴人はMに対し金員を貸し付け、同人との間でこれを被担保債権とする本件抵当権の設定契約を締結し、本件抵当権設定登記を経由した後、本件抵当権設定登記は抹消されたものであるところ、本件抵当権設定登記後に右被担保債権が消滅したとか、本件抵当権設定登記の抹消登記が適法にされたものとは認めることができないので、本件抵当権設定登記は不法に抹消されたものというべきであるが、適法にされた抵当権設定登記の対抗力は、法律上消滅事由のない限り消滅するものではないから、いったん適法にされた本件抵当権設定登記の権利者である被控訴人は、本件抵当権に基づいて、本件抵当権設定登記が不法に抹消された当時の所有名義人であるN又はその包括承継人に対しその回復登記手続を求めることができるとともに、登記上利害関係のある第三者に対しては本件抵当権設定登記の回復登記手続につき承諾すべき旨を請求することができるというべきである。

ところで、被控訴人は、本件抵当権設定登記後にNから本件土地を譲り受けて所有権移転登記を経た現在の本件土地の登記簿上の所有名義人である控訴人藤田車輌に対し、主位的に、抹消された本件抵当権設定登記の回復登記手続を請求し、予備的に、抹消された本件抵当権設定登記の回復登記手続について承諾すべき旨を請求している。

しかし、抵当権設定登記を経た後、目的不動産の所有権者により抵当権設定登記が不法に抹消され、その後その不動産が譲渡されその所有権移転登記が経由された場合にも、不法に抹消された抵当権設定登記について回復登記手続をすべき登記義務者は抵当権設定登記が不法に抹消された当時の所有名義人であって、その後その所有権を譲り受けて所有権移転登記を経由した者は、右回復登記手続についての登記義務者ではなく、登記上利害の関係を有する第三者に当たると解するのが相当である(大審院明治四二年(オ)第四三一号、同四三年四月三〇日第一民事部判決・民録一六輯三三八頁、同明治四四年(れ)第一四六二号、同四四年九月八日第一刑事部判決・刑録一七輯一五二四頁、最高裁判所昭和四〇年(オ)第五七三号、同四三年一二月四日大法廷判決・民集二二巻一三号二八五五頁)。

したがって、控訴人藤田車輌は、本件抵当権設定登記が不法に抹消された当時の所有名義人ではなく、右のとおり本件抵当権設定登記が不法に抹消された後に本件土地の所有権を譲り受けその所有権移転登記を経由した者であり、また、控訴人足利銀行は、控訴人藤田車輌が本件土地の所有名義人となった後に同控訴人から前記根抵当権の設定を受けその登記を経由したものであるから、控訴人藤田車輌は、被控訴人の抹消された本件抵当権設定登記の回復登記義務者ではなく、その承諾義務者に該当するというべきである。

また、前記のとおり控訴人藤田車輌から根抵当権設定登記を経由した控訴人足利銀行が被控訴人に対し、抹消された本件抵当権設定登記の回復登記手続について承諾すべき義務を負っていることは明かである。

4  民法九四条二項の類推適用について

(一)  控訴人藤田車輌は、抗弁1(三)のとおり、本件抵当権設定登記の不法抹消について善意無過失の第三者であるから、民法九四条二項の類推適用により、右回復登記手続について承諾義務はないと主張する。

以上に説示した当事者間に争いのない事実及び証拠により認定した事実、及び証拠(甲第一号証、乙第一ないし第五号証、丙第一ないし第四号証、証人若目田林平(原審)、控訴人藤田車輌代表者藤田將也(原審))並びに弁論の全趣旨によれば、藤田將也は、平成元年一月中旬ころから、Nとの間で、本件土地の売買について交渉をしていたが、本件土地には本件抵当権設定登記が経由されていたことから、右登記を抹消した上で、本件土地を買い取ることを合意し、本件抵当権設定登記の抹消登記手続が行われた後である平成二年二月二六日、Nとの間で、本件土地を四三一〇万五〇〇〇円で買い取る契約を締結し、控訴人藤田車輌は、同年三月一七日受付の同日売買を原因とする前記所有権移転登記を経由したこと、控訴人藤田車輌は、本件土地の購入代金に充てるため、同月一九日、控訴人足利銀行から四三〇〇万円を借り入れるとともに、同控訴人との間で、本件土地に極度額を七〇〇〇万円とする根抵当権設定契約を締結し、控訴人足利銀行は、同月二〇日受付の前記根抵当権設定登記を経由し、平成三年七月五日、その極度額を九〇〇〇万円とする根抵当権変更契約を締結し、同日受付でその旨の登記を経由したこと、被控訴人は、光原英三郎を介して、川崎きみ子に本件登記済証を渡したところ、被控訴人も光原英三郎も知らないうちに、本件登記済証等を使用して本件抵当権設定登記の抹消登記手続が行われ、控訴人藤田車輌の前記所有権移転登記、控訴人足利銀行の前記根抵当権設定契約及びその旨の登記手続が行われたこと、被控訴人は、その後この事実を知り、平成三年にNを詐欺罪で告訴したことが認められる。

右の事実によれば、控訴人藤田車輌が本件土地の所有権を取得した原因がNとの売買であるか、藤田將也との売買であるかは必ずしも明らかではないが、いずれにせよ、それらの売買は、本件抵当権設定登記の抹消登記手続が行われた後に締結されたものであり、したがって、その際控訴人藤田車輌としては本件土地に本件抵当権が存在しているとは考えなかったものと推認することはできる。しかし、適法にされた抵当権設定登記の対抗力はその登記が不法に抹消されても失われるものではないこと前記のとおりであって、右抵当権者がその抵当権設定登記が抹消されたことを知りながら放置し、抹消登記がされた状態を容認していたものと認められ、その間に第三者が右抵当権設定登記の抹消登記によりこれが適法にされたものと信じて利害関係を有するに至ったような特段の事情がある場合には、その第三者は民法九四条二項の第三者として保護される場合があり得るとしても、そのような特段の事情のない限り民法九四条二項を類推適用すべき理由はないといわなければならない。本件抵当権設定登記の抹消登記は、前記のとおり被控訴人不知の間に、本件登記済証を被控訴人に無断で使用し、真正に成立したとは認められない被控訴人名義の委任状などを使用して不法にされたものであって、被控訴人が抹消登記の外形を作出したものということはできないものであり、控訴人藤田車輌が本件土地を取得し、前記所有権移転登記手続を経由するまでわずか一か月余の期間があったにすぎず、その間被控訴人において右抹消登記を知りながら放置しこれを容認していたものと認めるべき証拠もない。したがって、仮に控訴人藤田車輌が本件土地の所有権を取得した際に本件抵当権が存在していることを知らず、その知らなかったことに過失がなかったとしても、本件において控訴人藤田車輌につき民法九四条二項を類推適用する余地はない。控訴人藤田車輌の右主張は理由がない。

(二)  控訴人足利銀行は、抗弁2(二)のとおり、本件抵当権設定登記の不法抹消について善意無過失の第三者であるから、民法九四条二項の類推適用により、右の回復登記手続について承諾義務はないと主張する。

しかし、前記のとおり、本件抵当権設定登記の抹消登記は、被控訴人が不知の間にされたもので、被控訴人がその外形を作出したものということはできないし、本件登記済証が被控訴人に無断で使用されるなどしてされたものであるし、控訴人足利銀行が控訴人藤田車輌との間で、同控訴人が所有する本件土地に前記根抵当権設定契約を締結し、前記根抵当権設定登記を経由するまでの期間は二箇月弱であって、前記根抵当権変更契約の締結及びその旨の登記(平成三年七月五日受付)が被控訴人が右抹消登記の事実を知った後にされたものであるとしても、被控訴人がこれを知った時点からさほどの期間を経過しているわけではなく、被控訴人において右抹消登記を知りながら放置しこれを容認していたものと認めるべき証拠もないから、控訴人足利銀行が前記根抵当権設定契約を締結し、前記根抵当権設定登記を経由した際に本件抵当権が存在していることを知らず、その知らなかったことについて過失がなかったとしても、控訴人足利銀行についても民法九四条二項を類推適用する余地はないといわなければならない。控訴人足利銀行の右主張も理由がない。

5  民法九六条三項について

控訴人足利銀行は、抗弁2(三)のとおり、本件抵当権設定登記の不法抹消について善意の第三者であるから、民法九六条三項の適用により、右回復登記について承諾義務はないと主張する。

しかし、民法九六条三項は、詐欺により意思表示をした者が、自己のした意思表示を詐欺により取り消す場合に、善意の第三者に意思表示の取消を対抗することができない旨を定めるものであるところ、被控訴人は自己の意思表示を詐欺を理由に取り消すと主張しているものではないから、同条項を適用する余地はなく、そのほか控訴人足利銀行が本件抵当権設定登記の不法抹消について善意であったとしても、いかなる理由で民法九六条三項が適用されるべきであるというのか、またそれがどのような理由で本件回復登記手続についての承諾義務の障害事由となるのかその主張するところは明かでない。控訴人足利銀行の右主張は主張自体失当であるといわなければならない。

三  以上のとおりであるから、被控訴人の控訴人藤田車輌に対する本件抵当権設定登記の抹消登記の回復登記手続を求める主位的請求は理由がないが、本件抵当権設定登記の抹消登記の回復登記手続の承諾を求める予備的請求は理由があり、また、控訴人足利銀行に対する本件抵当権設定登記の抹消登記の回復登記手続の承諾を求める請求は理由があるというべきである。

よって、原判決中被控訴人の控訴人藤田車輌に対する主位的請求を認容した同控訴人に関する部分は不当であるからこれを取消して、右主位的請求を棄却し、当審において追加した予備的請求は理由があるからこれを認容し、原判決中被控訴人の控訴人足利銀行に対する請求を認容した部分は相当であって、同控訴人の控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条、六一条、六四条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川英明 裁判官 宗宮英俊 裁判官 長秀之)

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